犬の戯言
気ままに書いていきます自己満日記。できるだけ、絵、描くようにしてます…
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DATE: 2011/03/05(土)   CATEGORY: ありがとう
卒業しました
どーも、団扇でふゃた。


昨日卒業式でした。自己満足記事なのでみんなスルーしていってね!
昨日は朝から髪まとめて合唱の練習してコサージュを先輩に付けてもらって
写真撮り合ったりしたあと会場入り。カメラの充電切れで\(^o^)/


何だかんだで式は泣くんだろうなーって思ってたんだけど結局泣かなかった^q^

泣いてる子はそれなりにいたけど自分達はそれよりも会場の寒さに凍えていて
それどころではなかったのが原因かしら。
何故か自分周辺のところはどこからか風が入ってて後ろから見たら自分と
両隣の2人は震えているのが分かったくらいだそうで。
もっと会場を暖かくするのを提案します。一昨日の送る会のほうが泣けたわ…

そんでも答辞のとこは読む子が泣いちゃっててウルッときましたね。
来賓も泣いてましたww

自分達の学校では退場前に卒業生が合唱する伝統(?)があるんだけど
その合唱で泣いてる子も多かった。


もう退場したら写真撮りまくってロッカー整理して駐車場のおじちゃんに
挨拶したら赤飯もらって謝恩会の準備。

帰宅前に三次会に備え駅のロッカーに着替えをぶちこみ家に帰って
赤飯3口くらい食べたら髪をやりに親戚の美容室へ行き、
化粧もある程度やってもらいばぁちゃんに袴の着付けをしてもらい
すぐに謝恩会会場のホテルへ行き余興として踊るAKBのリハーサルをして
謝恩会が始まるのでした。


ここからはさらに長い自己満足の記事になるからたたみますが
とにかく自分はこの学校が大好きでした。
実習とか試験とか多分今までの中で一番辛いことも多くて本当に嫌になることも
多かったけどその分濃い学校生活が送れたと思う。
辛かった分達成感も大きかったし打ち上げとか楽しいことも多かった。
こんなに先生方にも尊敬、信頼の念を持ったのだって初めてだし、
こんなにたくさんの自慢できるような友達がいっぱい出来たのも初めてかも。

学年で100人もいないような少ない人数だけどその分1人1人と深く関われたしね。
入学から卒業まで話したことない人はいないし、
もちろん業務的な会話ってわけでもない。

ある程度気持ちが大人になってたり、職業的にかみんな優しいからいじめとかもなく
こんなキモオタな自分と仲良くしてくれました。

ここまで系統が違う子達と仲良くなって一緒になって笑って、泣いて、
病んで、喜んで、本当に楽しくてあっという間の3年間でした。
こんなに心から卒業したくないって思えるくらい充実した日々を過ごせた学校、
先生方、友達みんなに感謝感謝。
半分以上は同じ職場に就職になるからまだまだお世話になりますけども、
違うとこに行ってもたまに会えるといいな。
今度またみんなで集まれる時を楽しみにするわ。


ってことで続きはまた自己満足記事に。将来読み返して思い出して感慨に浸る用。
長いよ。たたまないと7000バイト超えてるw
コメ返しもまた申し訳ないけど次の記事でー








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DATE: 2008/06/15(日)   CATEGORY: ありがとう
7年間、本当にありがとう

今日、7年間飼い続けた愛犬ガーディが天国へと旅立ちました。
金曜日から食べ物を一切食べなくなり、血を吐いたり血尿をしたりと、
フィラリアのような症状が出ていました。

フィラリアの薬をやろうやろうと思っていて、
結局やらなかったのも原因だと思います。
でも、もしかしたら除草剤が原因かもしれません。
いくら引っ張っても、強力な除草剤をふった場所を歩いてしまっていたから。
ガーのことを獣医さんに診せてあげられなかったから、
詳しい死因は知ることは出来ないです。

こんなに苦しそうなガーを見ても、自分はガーが死んでしまうのではないかという
現実から目を離し、パソコンをやったり、ガーの状態を
冗談めかして話したりしていました。


水曜日はいつものように元気だったガー、散歩に連れて行っても
相変わらず自分を引っ張るほど強い力でした。

木曜になって、いつもより元気がなく、散歩は行けるようでしたが、
面倒くさくて行きませんでした。

金曜日、学校から帰ってきて、ガーが餌を全く食べてなくて、
呼吸も荒くなっていました。
一度リードを持っていったら、苦しそうだけど尻尾を振って、
よたよたしながらも庭を歩きましたが、何度も止まったりして、
でも、小屋のほうには中々戻ろうとはしなかった。
庭を歩いている時、マーキングをしたけれど、それが血尿だった。

夜になっても何度もガーの様子を見に行ったけど、
相変わらず呼吸が荒く、眠れなかったみたいで。

そして昨日、呼吸が荒く、水は飲んでいるけど相変わらず食べ物は
全く食べないガーを見ていたら、突然すごい声を出しながら吐いた。
その声があまりにも苦しそうで、怖くなって、ガーに近づけなかった。
昨日から吐く様子は見せていたけど、実際には吐き出せなかったガーだけど、
昨日の吐瀉物の中には血が混ざってた。

でも、少し眠れるようになったみたいで、
金曜よりは良くなったのかな、なんて思ったり。
でも、夜になってまた様子を見ると、呼吸をするのさえ
苦しそうなガーを見て、正直覚悟はした。
ポッポの死を経験したことで、多少はちゃんとした「覚悟」が出来た。

で、今日の朝も、ガーに水を飲ませた直後に吐いた。
今日はずっと小屋に閉じこもったきりで、なかなか出てこなかった。
お昼過ぎに様子を見たら、また水を吐いて、それからようやく小屋から出て、
排泄をして、また小屋に戻ったガーは、しばらく横になった後、
突然ガバっと起きたと思ったら、コテンと頭を下ろした。
きっとその時息を引き取ったんだと思ったけど、
まさかその時死んだとは思わなくて、寝たのかと思った。

そしてばぁちゃんが様子を見たら、息をしてないと言って、慌てて外へ出た。
小屋の中のガーは本当に息をしてなくて、ついさっきまで生きていたからか、
まだ体は温かかった。
でも、だんだん冷たくなっていくガーを見て、涙が出てきた。
まだ首のあたりはこんなにも温かいのにって。

ガーを埋めることになって、小屋からガーを出す時、頭がだらんとしているのを見て、
ああ、本当に死んだのか、と思った。
ガーを埋めて、線香と花を供えた。

思えば7年間、色々なことがあったね。

小さい頃から水が苦手で、水鉄砲で水をかけるとガーは必死に逃げたよね。
高いところも苦手で、体重計のような高さの段差さえ怖がるくせに、
家の中に入ったりする時は余裕だったり。
高いところが苦手なせいか、抱っこさえ嫌がってたね。
ガーは脱走もしたけれど、必ず家に帰ってきたね。
他人を噛んで怪我をさせたこともあったけど、それは他人がわざと
ガーのところに入って行ったからなんだよね。
ガーは、何もしなければ決して自分から噛んだりしなかったよな。
散歩も、ちょっとしか行かなかったり、
長い時間行ったり、いろんな所に行ったりしたね。
暗い場所でも、知らないところでも、ガーが一緒だったから怖くなかったんだよ。
家族が帰って来る時、車の音が分かるのか、
必ず小屋から出て尻尾を振って待っててくれたよな。
それが自分だったら、家族の誰よりも尻尾を振って、
その後必ず散歩に連れて行けと五月蠅く吠えたよね。

思えば、水曜日がガーとの最後の散歩だったんだよなぁ。
まさかあの散歩がガーとの最後の散歩になるなんて思わなかったな。
こんなことになるなんて分かってたら、もっとしっかり散歩してやったのに。
散歩の途中で橋のところに繋いで待たせたりしないで
ずっと一緒に散歩してたのに。
まだ少し歩けた木曜日にも、少しでも連れて行ってやったのに。
食べれるうちに、美味しいものもたくさん食べさせてあげたのに。

バカ犬バカ犬って言ってたけど、何だかんだでたくさんの芸を覚えて、
最期は家族みんながいる時に、自分の小屋の中で逝ったんだから、
少しは利口な犬だったのかな?

何だか、まだ実感が持てないよ。
明日学校から帰ってくると、またガーが尻尾を振って小屋の前で待っていて、
散歩に連れてけと言うんじゃないかと思っちゃうよ。
餌だっておやつだって、まだまだいっぱい残ってるんだよ。

最期のガーは、目を少し開けていて、遠くを見つめてるようだった。
何を考えてたのかな。
苦しかったよな、辛かったよな。
木曜日の異常に気が付いていたらこんなことにはならなかったのかな。
何も気付いてやれない、不甲斐ない飼い主でごめんな。


ガーと過ごした7年間は、短い間だったけど、本当に楽しかったよ。
自分は幸せだったけど、ガーは幸せだったかな?
後悔してることも多いけど、ガーとの楽しい思い出のほうがいっぱいあるよ。
こうしてガーのことをペットのテーマで投稿するのはこれで最後だろうけど、
ガーのことはずっとずっと大好きだよ。


7年間、一緒にいてくれて本当にありがとう。
天国で、ポッポと仲良くな。
天国でも、元気に走っててくれよ、ガー。


大好きだよ



7年間ありがとう
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DATE: 2008/03/25(火)   CATEGORY: ありがとう
お世話になりました
どーも、団扇だぁよよ。

今日はいよいよ、教習所、卒業検定です。
バスの運ちゃんには、落ち着いてやれば大丈夫、と言われましたが、
どうも落ち着けない。

教習所に着いて、しばらく待って、いざ卒検の皆さんが呼ばれました。
今日は9人しか受けないとのことなので、最初の時点でみんなの番号と
顔を大体覚えてしまうという結果に。

で、モチロン団扇の受験番号は1番。
ヤヴァイ。無理ですて。


で、まぁまずバスで路上のコースを回り、いざ開始。
確認をしなきゃという意識から、確認しすぎで挙動不審みたいになる始末。

まぁ、グダグダやってましたが、合図を出すのが遅れたり、
右左折する時ギアをセカンドに入れ忘れたり、左折する時、
右から来る車を意識しすぎて、大回りになっちゃったり。
しかも、停止して、発信する際、ギアをローにし忘れてて、
教官に、「ギアは?」とか言われたり。

あぁん、これはもう落ちたわね、と思い、もうやけくそです。
でも、そうは言ってももう路上の終わり頃。
グダグダで終わりました。

で、その後、オートマの子と話してまして、次は団扇が後ろに乗る番。
団扇は受験番号が1番だったので、マニュアルの最後の
5番の人の後ろに乗りました。
いやいや、男子なだけあり、上手いです。
というより、団扇以外の皆さんの運転が全て上手く見えます。

で、まぁその後、教習所に戻ってきて、次は方向転換です。
苦手です、無理です。
教官が外に出て、様子を見てます。
で、まぁやりましたが、これでいいのかとっても不安。
もう、脱輪するかもとか思いつつ、半泣き状態。
グダグダで終わりです。

で、最後に5番の人の後ろに乗る。
すると、5番の人、緊張のあまりか、エンスト連続。

「ヤッベ、クッソどうしよう…」とか言ってるんですよ。
ここは普通は、「まぁ、落ち着いて、頑張って」とかいう場面ですが、
検定中なんで話をするのは厳禁でする。
まぁ、そんな感じで、彼はエンストを5,6回くらいしてしまったのではないでしょうか。
確かエンスト4回しちゃいけないって聞いたことがあるので、
ヤヴァイかもなー…とか思っておりました。

でも、やっぱり受かるんなら、全員で受かりたいですな。
そんな話をオートマの子と話しつつ、結果発表。















受かったよー!!!!









え、何この感動は。
高校合格よりも嬉しいですよ。



でも、他3名落ちちゃってましたよ。
その5番の人と、オートマが2名。
団扇と話してた子は、受かりましたが、その子に聞くには、
オートマで落ちちゃった人も、やっぱり方向転換で脱輪、切り返しが
上手くできなかった模様。
路上よりも場内のほうが難しいのですな…


で、まぁ、お昼休み、近くのコンビニでお昼を買って、
教習所帰ってみると、バスの運ちゃんが合格したか?と聞いてきたので、
そりゃもう、営業じゃなくて、本当のスマイルで返しましたよ。
団扇100パーセントです(何




で、午後から卒業式。
教官、校長から色々話聞いて、書類もらって、アルバムもらって、
アンケート等書いて、初心者マークもらって終わり。
アンケート、この教習所選んでよかったって項目に迷わず丸つけましたよ。
で、帰りに収入証紙買って、帰りました。
受付嬢の皆さんも、忙しそうながらも嬉しそうに、笑顔で送り出してくれました。

で、帰りのバスで運ちゃんに祝福されまして、本験も頑張れと。
今度は大型免許取りに来てもいいぞって言われましたよ。
帰り際、ちゃんと今までお世話になりました、って言ってさようなら。



あと残すは本検のみ。

頑張らないとね。




この教習所にもう行かないのかなー、とか思うと切ないですな…

小さい教習所なので、1人1人熱心に教えてくれた教官方々、
色々とお世話になった受付嬢のみなさん、
初めての教習所、緊張をほぐしてくれた運ちゃんその1、
団扇のカオスな一面を知っても、猫の話に花を咲かせ、
居心地のいい運転をしてくれた運ちゃんその2、
元レーサーのせいもあってか、制限速度を超え、
スリリングな運転をしてくれた運ちゃんその3、
夕方以降専門の、癒しをくれた運ちゃんその4、
そして、1度くらいしか送迎してもらったことはないけど、
乗せてもらった時は楽しい話をしてくれた運ちゃんが数名、
そして、教習所で仲良くなった皆さん、
みんなみんなありがとうございます。


たった2ヶ月くらいしかいなかった教習所だけど、アットホームな雰囲気で
密度の濃い時間を過ごせました。



免許取って、近く通ったら寄ってみようかな、とか思ってみたり。

本験、合格してみせます。
一回じゃ無理かもしれないけど。。。

一期一会、その言葉がまさに身にしみる日でした。


教習所のみなさん、今まで本当にお世話になりました。
そして何よりありがとうございました。















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DATE: 2008/03/01(土)   CATEGORY: ありがとう
大嫌いで大好きなのです

どーも、団扇でぇす。

今日は卒業式だったり。
だから結構長いので、嫌な人はすっとばしてね。
まずね、日記のカテゴリーで迷ったのですが、
結局スクールライフにはしませんでした。

まぁ、3月31日までは一応高校生ではあるので、
まだ高校生として、日記とかの方は書きますが。


まず、卒業式なんで親と一緒に学校に行くことにしていたのですが、
親が時間を勘違いしていて、危うく遅刻するところに(´、ゝ`)プッ


友達にも、「もう来ないかと思った」と言われる始末。

これは団扇への愛なのよ。


そういえばなんだか、朝に今年で終わる定時制の記念の石碑みたいなのが
立てられていたけど、しばらくしたら幕がかかってたから、
除幕式でもやるのかな、とか思っておりました。

で、まずは同窓会の入会式やって、一旦教室に戻り、
友達から誕プレもらったり、手紙とかももらって、しばらくして卒業式。

一番の問題は卒業証書授与の返事。
名前呼ばれて返事して立つという至って簡単な行動が、
全く持って自信が無い。
声が裏返ってめっさ高い声出しちゃったり、逆に声がガラガラに
なってしまわないかと言う恐ろしさ。







いざ、呼ばれてみるとそうでもありませんでした(´、ゝ`)プッ






その後はもうくだらなすぎて半分寝てました。

答辞とか、何言ってたか知りません(´、ゝ`)プッ

ちなみに、我が母校の中学校から祝電は来ませんでした(´、ゝ`)プッ

いくら団扇1人だからって。。。

でも、他の1人しか来てない中学校からは祝電、来てました(´、ゝ`)プッ


で、団扇の高校では、退場する時、担任が起立の合図を出して全員で起立したら、
担任に男子あたりが一言掛け声をしてから、クラス全員で
みんなでありがとうするのですよ。

閉会して、何だ、感動も何も無いヮとか思っていたら、
1組の人がありがとうして、担任が泣き出したとき、
思わずウルッときてしまいましたよ。。。


でも、泣かなかったけどね(´、ゝ`)プッ

そしていざ、我がクラス。

担任が担任なので、軽く吹きました(´、ゝ`)プッ



で、その後、各々が持参したカメラでクラスのみなさんと
最後の写真撮影。
かわいい2年の後輩がほぼクラス全員という
たくさんのカメラで何回も撮ってくれました。

で、その後、バラけて他のクラスの人々達とも写真を。


部活のほう行っちゃったり、帰っちゃったり、打ち上げ行ったりで、
あんまり写真撮れませんし、アルバムの寄せ書きもあまりしてもらえず…orz

ちなみに、クラスの打ち上げにも行けませんでした。

だって、遠いんだもの。

ただでさえ学校から遠い打ち上げ場所なのに、学区外の団扇はもっと遠い。
でも、その分、行く人も割りと少ないみたいだけど。

まぁ、そんな訳で帰るのも早いかなぁと思っていたら、
文芸部のほうでお菓子を用意しているとの事。

団扇は1年の時はバスの都合上、部活に入れなかったのですが、
暇な時、たまに文芸部の部室にいたりしてたんで、
遠慮なく行きましたよ(オイ

で、文芸部でお菓子食べたり遊んだりして、
2時になったので親も待たせてたので帰ることにしました(´、ゝ`)プッ

帰りに、大事なカメラを忘れそうになるという危険なこともありましたが。



母上殿は大分待ってらっしゃいました。申し訳ない。。。



と、そんなわけで我が我がハイスクールライフは幕を閉じたのです。


あ、そういえば石碑の除幕式、結局やってないな(´、ゝ`)プッ



思えば、同じ中学から同じ高校に一緒に行く人はいなくて、
全然知り合いもいなくて、最初はあんまり友達もできなくて、
他の子が部活とかでいない時、1回お弁当も1人だけで食べたこともあったり、
朝のバスは1本、しかも土日運休で帰りのバスもほとんどなく、
数学は人生初の成績2を取ったりで、学校に行くのが嫌で嫌で。

せっかく原チャの免許取ってバスに困らなくなっても、
友達ができてきても遊ぶ場所もなくて、
休日遊ぶのにも、学区外だし、遠いし、何よりみんな住んでる場所もバラバラで、
それこそ皆で集まれる中心地は遊ぶ場所もない学校周辺だけで。

でも、いつのまにか友達が増えて、授業は分からなくても、
友達と放課後や休日に遊べなくても、学校が楽しくなって、
口では学校へ行くのが嫌だ嫌だ言ってたけど、
本当は学校へ行くのが大好きになっていたと思う。

最初はあんなにくだらないと思っていた学校行事も、
いつのまにかクラスの皆と楽しめるようになれたり。

そう思えるようになったと思ったらすぐに卒業。
こんなに楽しいんだったら、もっと早くから楽しんでいればよかったよ。

このたった数時間の式が終わってバイバイしたら、
もう一生逢うことはない人もいるわけで。
話したことがない人だっていっぱいいるし、嫌いな人だっているし、
それでも3年間同級生としてやっていたわけです。
それは同級生だけじゃなく、先生方々にも言えるけど。

学食も結局1度も食べないで終わっちゃって、その後学校に来てた
お弁当屋さんや、パン屋さんのもそれほどたくさん食べたわけでもなく、
今まで毎日通ってきた道も、たまに寄り道したお店も、
もうあまり行く機会はなくなると思うけど。

でも、本当にこの3年間は、自分にとっては大きな3年間だと思うのです。
小、中学とは全く違う新しい環境の中で、こんなに頑張れたのです。
それもこれも、学校の皆さんにお世話になったから。
こんな顔だけでなく、性格まで全てが悪い自分を受け入れてくれた
みんなにお礼を言いたいです。
こんな誰にも教えてないブログ上で言っても意味はないけど、
これは自分の自己満足ということで。




最低の学校だけど、最高の学校でした。


ではでは、皆さん、3年間、本当にありがとう。

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DATE: 2008/01/11(金)   CATEGORY: ありがとう
ありがとう、大好きでした
今日の話は暗くて長いので、嫌な方はこの話はすっとばして下さい。


ブログだけはその日のことを面白おかしく書いていこうと思っていたけど、
今日はそうもいかないので。

こうしたブログの中でしかぶちまけることが出来ないので。










今日、以前話したインコのポッポが永眠しました。


朝、様子を見てみると、止まり木から降りていたので元気になったのかなと
思ったら何だか様子がおかしく、名前を何度も呼びました。

親が来てポッポを触って「冷たい」と一言。

昨日までは足は悪くとも元気だったのに、あまりの突然さに
ただただ呆然とするだけで。

親がポッポを持ってストーブの前でポッポをこすってみましたが、
全く変化はなく、結局何も出来ないままに学校へ行く時間に。





ポッポを触ることが出来なかった。

それは死骸だから気持ち悪いとかじゃなくて、
冷たく、硬くなったポッポを触ってしまったら、
ポッポの死を認めてしまうからだと思う。



団扇が学校から帰ったらポッポを埋葬するということなので、
親に促されるまま学校へ。


今日に限って原チャのエンジンがなかなか付かなくて、
家からなかなか出られなくて。


原チャに乗りながらポッポのことを思い出して、また涙が出そうで。

学校に着いたら友達には心配かけたくなくて、
なんかテンション低いよってみんなから言われたりして、
「インコが死んじゃったんだぁ」なんて笑いながら言ってたけど、
本当はすごく辛かった。

友達と喋ってる時はいいけど、授業中皆が寝てたりして
静かになると、またポッポのことを思い出して、泣きそうになったり。
さすがに学校じゃ泣けないから我慢したけどね。
授業は何にも頭に入らないし。




学校から帰ってきたらポッポを埋葬するって話だったから、
帰りたくなかったけど、ポッポに早く会いたい気持ちのほうがずっと強くて、
でもやっぱり認めたくなくて、帰りはいつもより
ずっとゆっくりのスピードで帰ってきました。


帰り道で、そういえばポッポの元気な鳴き声を
最後に聞いたのはいつだろう、とかふと考えると、
ずっと昔のことのように思えてきて、
何で気付いてやれなかったんだろうって気持ちが込み上げてきたり。



家に帰ってきて、朝と変わらないポッポを見て、
「あぁ、やっぱり死んじゃったんだ。」
って思って、ようやくポッポを持ち上げました。

以前持った時と違って、とても冷たくて、もちろん動かなくて、
揺すっても首が力無く動くだけで。

あんなに温かかったのに、こんなに冷たくなるんだなんて思ってみたり。



実は団扇、ちゃんと死に向き合うのはポッポが初めてなのです。

今まで見てきた死っていうのは、団扇が物心つく前の、
あまりにも幼い頃だったので、近い存在の死は経験が無いのです。


ポッポの体調が悪かった時、正直ポッポの死を覚悟した。
覚悟はしたつもりでも、やっぱり死を目の当たりにすると、
全然覚悟が出来てなかったんだ。



そうしてポッポを見て泣いていると、じぃちゃんとばぁちゃんが来て、
埋めようと言われたので、もっと一緒にいたかったけど、
ただ泣いてるだけならちゃんと埋めてあげようと思いました。


ポッポを埋葬して、じぃちゃんが鳥かごを物置にしまいに行って、
団扇はガーディがうるさくて近所迷惑とのことなので
ガーディの散歩に行って帰ってきて。

今までの癖でガーディの散歩の後、ポッポを寝かせるための
鳥かごに掛ける布を手に取って、ポッポがいた場所を見て、
「あぁ、死んじゃったんだっけ」
なんて思うと、鳥かごがなくなった部屋がとても広く見えました。


鳥かごが無い部屋はまるで別の部屋のようで、ポッポは
ここでいつも何を見ていたんだろうなんて思いました。





ポッポ、幸せだったかな?


ポッポが家に来てもう10年。
思えば、今まで生きてきた人生の半分以上はポッポと一緒だったんだよね。
しっかり鳥の平均寿命を全うして、団扇の進路を見届けてくれたね。



ポッポのこぶを見つける前、1週間に1度の鳥かごの掃除を
そのときに限って1週間サボった。
鳥かごの掃除なんて5分もかからないし、ガーディの散歩より
ずっとずっと簡単なのに、なんでやらなかったんだろう。
その前の掃除の時は何も無かったから、サボった1週間の間に
こぶが出来たんだと思う。なんで気付いてあげられなかったんだろう。



ポッポからたくさん大事なことを教わったのに、自分は何をしてあげただろう?

小学生の頃、ポッポの世話が面倒くさいなんて言って、
全く世話をしなくなった時期もあったよね。

最近になってようやくポッポのやりたいことなんかが
動作でわかるようになってきたのにな。


朝、学校に行く前に親が
「ポッポは幸せだったと思うよ。団扇にあんなに世話してもらったんだもん」
って言ってくれて、少し救われたような気がしました。

それは団扇の自己満足かもしれないけれど。

そして1つ思ったことがあるのです。
ポッポのこぶに気付かなかったら、こんなにポッポと
向き合うことは無かったのかなと思うのです。
最期の最期でポッポと向き合うことが出来ただけ、
本当の突然ではないなかな、って。
そう考えると、団扇はまだ幸せなのかな。。。


またポッポにお世話になっちゃった。

最期まで世話になっちゃってゴメンネ。



「小鳥大好き」のテーマでポッポのことを書くのはきっと
今日が最後だと思う。



ポッポ、ありがとう。
何回言っても言い足りないけど。
天国で、幸せにね。
そして大好きだよ。


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